2026年7月28日、熊本県熊本地方を震源とする「令和8年熊本地震」が発生しました。
宇城市と氷川町では最大震度7、私の地元である八代市でも震度6強を観測し、多くの建物や道路が被害を受けました。
被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
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福岡で感じた、地元・熊本の揺れ
地震が発生した火曜日、私は福岡の事務所で作業をしていました。
福岡でもはっきりと揺れを感じ、テーブルの下に身を隠しながら地震情報を確認すると、震源は熊本。しかも、私の地元である鏡町に隣接する宇城市や氷川町で、非常に強い揺れが観測されていました。
慌てて、母や祖母、親戚に電話をかけました。
子どもたちは全員実家を離れ、当時、実家には母と祖母の二人だけで暮らしていました。普段は毅然としていて、こちらを心配させるようなことをほとんど言わない母が、そのときは珍しく不安そうな言葉を口にしました。
すぐにでも帰りたいという気持ちはありました。
しかし、余震の危険も、現地までの道路状況も分かりません。状況を十分に把握しないまま向かい、自分まで動けなくなってしまえば、かえって外から家族を助けられる人がいなくなってしまいます。
そのため、しばらくは動くことができませんでした。
本当は週末に帰る予定でしたが、母から「ガソリンが切れてしまいそうで怖い」と連絡がありました。
いつも弱音を吐かない母がそう話すほど、本当に心細い状況なのだと感じました。いてもたってもいられなくなり、予定を一日早め、本震から3日後の金曜日に臨時で休みを取り、社員一名とともに八代へ向かいました。
見慣れた地元の、見たことのない光景
八代へ向かう車中では、道路が大きく割れている場所や、崩れて通れなくなっている場所がありました。
鏡町に入ると、古い建物を中心に多くの家屋が倒壊していました。見慣れた道の両脇には、道路を塞ぐほど倒れてしまった家もありました。友人の家も全壊していました。
これまで何度も通ってきた道の、あまりにも変わり果てた姿を前に、言葉が出ませんでした。


実家の隣に建つ祖父の家も、壁が剥がれ落ち、屋根の瓦が落ちていました。
電気も水道も止まっていたため、母と祖母は日中に片付けを行い、夕方から夜にかけては車の中で過ごしていました。
私たちは携行缶に入れたガソリンや発電機用の燃料、水、食料など、しばらく生活できるだけの物資を持って帰りました。
現地では、母一人では動かせない大きなタンスや食器棚を移動し、剥がれ落ちた壁を片付けました。雨が入らないよう屋根にブルーシートをかけ、崩れた瓦を掃除して麻袋に詰めました。
同行してくれた社員は、もともと建築現場で働いた経験があり、父親も建築会社を経営しています。
地震の話をした際、「お母さんにはお世話になっているから、自分も人員として行った方がいい」と、自ら同行を申し出てくれました。
現地でも、電気や漏電の危険性、建物の状態、応急的な補強方法などを確認しながら、本当に力を尽くしてくれました。
一人で帰っていたら、できることは限られていたと思います。社員の申し出と行動には、今も心から感謝しています。


「帰る家」がなくなるということ
近所には、本家にあたる親戚の家があります。
築130年ほどの大きな家でしたが、地震によって柱が倒れ、建物全体が斜めに傾いていました。家の中では天井から折れた柱が落ち、扉も大きく歪んで開かなくなっていました。
そこにも物資を届けました。
「もう、この家には住めないだろう」
そう言いながら涙を流す親戚の姿を見て、胸が痛みました。
その家は、毎年お正月になると親戚が集まる場所でした。
建物を失うということは、単に暮らす場所を失うだけではありません。家族が集まり、何年もかけて積み重ねてきた時間や、みんなが帰ってくる場所まで失ってしまうことなのだと実感しました。
「もう、正月にみんなが帰ってくる家がなくなってしまった」
その事実は、私にとっても非常につらいものでした。
具体的に想像できなければ、すぐには動けない
今回の地震を通して思い出したのが、「KYT」と呼ばれる危険予知訓練です。
KYTとは、危険・予知・トレーニングの頭文字を取ったもので、職場や作業の中に潜む危険を具体的に想像し、起こり得る事態とその対応を事前に考えるための訓練です。
私は最近、自社の組織づくりやクライアントの体制づくりに関わる中で、「こういうことが起きたときには、こう動く」というルールを事前に決めておくことの大切さを、社内外でよく話しています。
準備がなければ、迅速な判断はできません。
責任者が判断できなければ、部下も動けません。反対に、想定される状況と判断基準が事前に共有されていれば、一人ひとりが迷わず行動できる可能性が高まります。
それは、日々の仕事だけでなく、災害時にも同じなのだと思います。
今回、私自身も「熊本で大きな地震が起きたら」「家族と連絡が取れなくなったら」「会社の社員やその家族が被災したら」という状況を、発生前から十分に自分ごととして想像できていたわけではありません。
頭では、災害はいつ起きてもおかしくないと分かっていました。
しかし実際に、家族が被災し、見慣れた地元の風景が一変するまで、その状況を具体的には想像できていなかったのだと思います。
まずは、具体的な場面を話し合うことから
現時点で、春野デザインには、あらゆる災害に対応できる詳細なルールが整っているわけではありません。
だからこそ今回の経験をきっかけに、災害が起きた際に会社としてどう判断するのか、社員一人ひとりがどのように動くのかを、具体的な場面を想定しながら話し合うところから始めたいと考えています。
安否確認は、誰が、どの手段で行うのか。
出社、休業、リモート勤務を、何を基準に判断するのか。
社員本人だけでなく、その家族が被災した場合に、会社はどう対応するのか。
クライアントへの連絡を、誰が、どのように行うのか。
ルールは、ただ文章にして保管するだけでは意味がありません。実際に起きる場面を一人ひとりが想像し、自分ならどう動くかを考え、共有しておくことが重要です。
災害に限らず、リスクを具体的に想像する力は、会社でも日常生活でも非常に大切なものです。
「そのときになったら考える」のではなく、何も起きていないときにこそ考えておく。
今回の地震は、その大切さを改めて強く感じるきっかけとなりました。
この記事を読んでくださった皆さまにも、ぜひ一度、家族や職場の方と「もし今、大きな災害が起きたら、どう動くか」を具体的に話し合っていただければと思います。
被災地の一日も早い復旧と、被災された皆さまが安心して過ごせる日常を取り戻されることを、心より願っています。